ほぼプレートレス自作キーボードの製作

キーボードでこだわりポイントの一つが打鍵音。これにはスイッチのみならず、それを固定するプレートやPCBが大きな影響を与える。そういう興味から以前プレートレスPCBガスケットマウントキーボードを製作したが、その時にPCBもなくしてやわらかい素材でスイッチを固定するようにしたらどんな打鍵音になるだろうか、という興味が湧いてきた。そこでスイッチプレートとPCBをほぼ使用しないキーボードの自作にチャレンジしてみました。

 

きっかけ

2021年8月にGroup BuyされていたEQUINOX XLとTHERA75に触発され、プレートレスPCBガスケットマウントのキーボードを自作した。これまで作ったキーボードの打鍵音とは異なり、音色が自分の好みに近いものが仕上がった。

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ただし打鍵したときの底打ち音はそれほど小さいわけではない。これはやはりPCBの板が鳴っていることが大きな要因と考えられる。この自作キーボードではスイッチプレートをなくしたが、さらにPCBもなくすことができれば打鍵音がかなり抑えられるのではないだろうかと思い始めた。

 

上のプレートレスPCBガスケットマウントでのPCBの役割は次の2つ。

  • 電気回路
  • スイッチの位置の固定

このうち回路の役割については手配線+Pro Microで置き換えられる。手配線を行う場合、普通はスイッチの位置を固定するためにスイッチプレートや3Dプリンタの構造物が用いられる。これを柔らかいゴムなどの素材で作れば、打鍵音を抑え、さらに打鍵感も柔らかくできるはず。

 

Mill Maxソケットへの手配線のテスト

手配線でキーボードを組む場合、普通はスイッチの電極ピンにダイオードや線をはんだ付けするものだが、そうするとスイッチの交換は容易ではない(というかきっと二度と交換しなくなる)。スイッチの交換はできるようにしたかったのでMill Maxのソケットをつけれそれにはんだ付けしてみることにした。むかーし買ったソケットが家に余っていたのでこれで試作。

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MillMaxソケットへのはんだ付けのテスト

問題なくできそう。難易度はスイッチのピンにはんだ付けするのと変わりないし打鍵音にも大きな影響はないと思う。こうすればスイッチの交換がはんだごてを使わなくてで出来るようになる。

 

スイッチを固定するシートのテスト

PCBもスイッチプレートも使わずにスイッチをちゃんと固定できるのだろうかという不安があったのでテストしてみる。100均で調達した4mm厚のEVAフォームや家に余っている2mm厚のシリコーンゴムシートなどがスイッチプレートの代わりになるのかを試してみた。

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EVAフォーム4mmとシリコーンシート2mmで試作

これらでは全然スイッチを固定できない。EVAフォームではスイッチが全然引っかからずに簡単に抜けてしまう。シリコーンゴムは多少引っかかってくれるのだが、2mm厚だと簡単にシートが反ってしまうので不十分。しかしシリコーンシートには少し可能性を感じたので、もう少し厚い5mmのシートをモノタロウで調達してさらにテストした。

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シリコーンシート5mmでテスト

5mm程度厚さがあれば1Uのキーのスイッチを固定することはできそう。さて、さらに考える必要があるのは次の2点。

  • スタビライザーはどうするか?
  • シートが反っている場合どうするか?

スタビライザーはPCBマウント、プレートマウントの2種類あるが、プレートマウントは厚さ1.5-1.6mmの板に適合していて5mmのシートでは固定できない。PCBマウントのものを使う場合には、専用のPCBを作ってそれをどうにか固定しないといけない。どうしたものかと考えているとき、家にあったSU120があることを思い出したのでそれを眺めながら考える。ちょうど四隅にスルーホールが空いているので、これに針金(錫めっき線)を通し、シリコーンシートにあけた穴にそれを通す。

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2Uのスタビライザー付きPCBをシリコーンシートに固定するテスト

このやり方でちゃんと固定できるがわかった。6.25UのものはSU120には含まれていないのと、スイッチはPCBにはんだ付けしないとしっかり固定できないので、専用の小さなPCBを自分で作ることにした。

 

シートが反るかどうかは実際に作ってみないとわからない。最悪の場合にはスタビライザーと同じように針金を通すか両面テープを使ってケース底面に固定することにするかなーという安直な考えのまま、とりあえずやってみることにした。

シリコーンシートの発注

シリコーンシート5mmで試作したときにわかったが、これを手で穴を精度よくあけるのは不可能。なので業者さんにお願いする。Autodesk fusion 360で図面を作成。通常スイッチプレートを作る場合は、14mmx14mmの四角い穴をあけて、それを19.05mmの間隔で配置することになる。この時に気になるのはゴムのような柔らかい素材でどこまで幅が細いものが加工できるのかという点。例えば隣り合う1uキーの穴の端から端は5mmしかない。5mm厚のシリコーンシートでこの幅は可能なんだろうかと思いながらdxfファイルを添付して見積もりをお願いしてみる。すると、加工ができないというようなことはなくすんなりと見積もりが来た。

 

加工はゴム助にお願いすることにした。どのような加工方法になるのか、どの程度の加工精度なのかを尋ねてみると、加工はウォータージェット加工で、機械制御なので精度は高いとのこと。さて、どうやら加工精度は十分なようであるが、最終的に発注を書ける前に穴の大きさはどうしたもんかと少し迷った。1辺をピッタリ14.0mmとするのがいいのか、少しきつめがいいのか。少し小さめにするとしっかりスイッチを固定することができるが、スイッチがはめられないと自分で加工はできない(キー数が多くてやる気にならない)ので詰んでしまう。安全サイドに大きめにするとゆるくてスイッチを固定できなくなる。多少ゆるくても最悪プレートレスでPCBにスイッチはんだ付けするのに使用することにすればいいかという保険をかけておくことにし、結局穴の大きさは14.0mmx14.0mmとした。結果としてスイッチががっちり固定できるわけではなく若干固定が甘い気もしなくもないが、それなりに固定されるしスイッチが全然入らないということはなかったので良かった。

 

ゴムシートは天然ゴムやクロロプレンゴムなど様々な種類がある。ただ、ゴム臭いのは嫌なので結局シリコーンゴムを使用することにした。ゴムには硬度というものがある。100までの数字で表され、数が小さいほうが柔らかいらしい。シリコーンゴムは硬度50、70の取扱いがあるようなので、柔らかい50のほうでお願いした。

 

もう一点気になるのはシートの反り。これがあると最悪キーキャップが干渉したりする。柔らかいので反りは無いと思うと業者さんからいわれていたが、一応シートをケースに収めたときに凹の向きになるように依頼した。シートの端はケースで上から抑えられるからだ。結果として届いたシートには反りは無かった。

 

PCBの製作

6.25u用と2u用x3をタブでつなげたものをPCBをKiCadで設計してJLCPCBに発注。最初、デザインチェックで各パーツをつなげているタブが細すぎでダメと言われてしまった…。デザインルールを見ると、昔作ったマウスバイトが使えそうなのでこれに変更。これで無事Approveされた。下の写真が届いたPCB。

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出来上がったPCB

ここ最近はキーボードをつくるときにいつもUSB基板を別に作るので、おまけと思ってUSBレセプタクル用基板もつけておいた。ただ、届いたものを見るとケーブルをはんだ付けするためのスルーホールがなく、これでは使い物にならない。どうやらKiCadで作業中に誤って削除してしまったみたい。DRCは通ってしまうので気づかなかったようだ。こういうミスはどうやったら避けることとできるだろうか。どなたかいい方法知っていたら教えてください。

 

しかし自分でPCBを設計してみて感じるのは、本当にSU120はよくできているなということ。こういう汎用性・実用性が高いものを設計できるのはすごいなと思う。

 

ケース

ケースはお蔵入り状態の下の写真のアクリル積層ケースを利用することにした。

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お蔵入り状態のアクリル積層ケース

これはもともとトップマウントの打鍵感、打鍵音を体感したくて作ったもの。ただ、トップマウントはプレートをアクリルで作ったせいもあってか打鍵音がとてもうるさく音も好みではなかったため、全然使わなくなっていた。ただしケース自体は結構出来が良くて気に入っている。上面のマットブラックのアクリル板は四辺を面取りしてあり、マットな上面に対して面取り部分の光沢が良いアクセントになっている(なんとなく面取りしてみたらそうなった)。ケース底面はステンレス3mm厚で作っていてそれなりに重量もある。側面の積層部分はコストをケチるためにほぞ継ぎと六角スペーサーを駆使したパズルのような感じで組み立てたがこれもうまくいったし、底面ステンレス板はケース外形よりも少しサイズを小さくして上面からは見えないように隠すという試みも上手くっているので自分的には満足度の高いケース。

 

今回製作するキーボードはスイッチを固定したシリコーンシートをケース底面に乗っける感じになる。底面がステンレス製で頑丈なのでちょうど良い。Pro Microは下図のようにキーボードの右側の部分におさまることがわかったのでここに配置する。

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Pro Microの位置

 

手配線はんだ付けの準備

スイッチはGateron YellowのBottomハウジングが黒でTopハウジングが半透明のものを使う。ステムにはInvyr UHMWPEを使用。これはひどい傾きで酷評され、そののちに修正された V2。これらを組み合わせたものをKrytox GPL205g0でルブして使うことにした。久々ルブしたが、68個のルブはなかなかしんどかった。

 

配線図をあらかじめ準備しておく。下の図は最終的な配線図。

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配線図

今回はPro Microに配線するのだが、Pro Microでキーマトリックスに使用可能なピンは18。このキー配列を単純にやろうとするとrowが5列、colが15列としたくなる。でもそれだとピン数が足りないので、図のようにrowを半分に分ける。配線図ができたら、これを左右反転させた図も用意しておく。はんだ付けするときは底面側から見ることになるからだ。

はんだ付け

スイッチにMill Maxソケットを取り付けた状態でリード式ダイオードと電線をはんだ付けする。はんだ付け時はスイッチがしっかり固定されていたほうが作業しやすいのと、せっかく新しく製作したシリコンシートに誤ってはんだごてを当ててしまうのが怖かったので、家に余っていたアルミのスイッチプレートにスイッチを固定した状態ではんだ付けを行った。これが許されるのはMill Maxソケットを使ってスイッチと配線が着脱可能なおかげ。

 

電線にはサンハヤトのジュンフロンETFE電線AWG30を選定した。撚線だとはんだ付けしづらいのを経験していたので単線が良かったのと、決め手はTalpkeyboardさんがお勧めしていたから。ただし線はかさばらないようにできるだけ細い線がよかったのでAWG30にした。電線をはんだ付けするときに被覆が少し融けたりすることがあったが、この電線は被覆の耐熱温度が他のものよりも少し高いので、今回のはんだ付け作業中に被覆が融けるようなことはなかった。でも100mは絶対に使いきれない…。

 

ダイオードや電線のはんだ付けのやり方についてはこちらの記事を参考にした。先人の知恵は偉大で本当にありがたい。つらかったのは家に電線の被覆をはがす工具がなかったこと。ワイヤーストリッパーは2つも家にあるのにこれほど細い線に対応したものはゼロ。三が日に作業していたこともあり、工具は調達せずにカッターを使って根性で被覆を剥いた。慣れると結構簡単にできてしまう(単線だったからできたけど撚り線は無理です)。

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ダイオードと電線のはんだ付け

下の写真は配線が完了した写真。ケースに入れるときに配線を束ねて固定しておきたいので、ステープラーの針を使ってシリコーンシートに固定した。

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配線が完了。ケーブルが集まっているところはステープラーの針で線を固定。

 

ケースへのインストール

配線が完了したのでケースにインストール。そのままだとスイッチのピンがシリコーンシート底面より下に飛び出るので、以前自作したプレートーPCB間に仕込むためのPoronフォームをシリコーンシートの下に入れる。さらにその下に衝撃吸収フォームを敷いて高さを調整。Pro MicroのUSBコネクタは少しでっぱるので、衝撃吸収フォームの一部をカットしておく。

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飛び出ているピンの分の高さを稼ぐために3mmのPoronフォームを敷いて、その下に衝撃吸収シートを敷く

 

一見良さそうに見えるのだが、キーキャップを装着すると問題が明らかになる。シリコーンゴムシートの面が出ていないせいで数字行とスペース行のキーキャップがケースと干渉してしまう。

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キーキャップをつけてみると…

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スペースキーがケース上面と干渉してしまう

ある程度予想はしていたが、これでは使用できない。残念…。

 

打鍵音

アルファベットキーに干渉はないので、数字列にはキーキャップをつけずに、少しシリコーンゴムシートを上にずらしてできるだけスペースキーがケースに干渉しない状態でタイピングテストをして打鍵音を確認してみる。

 

打鍵音は期待通りとても静か。これまで触ってきたどのキーボードよりも静かだと思う。ただしスタビライザーのあるキーは(ケースとの干渉がなくても)それなりに音量がある。タイピングテストをすると、アルファベットキーはほとんど音がならないのに対してスペースキーの音が目立つ。大げさに言えばスペースキーの打鍵音しかしなくなるような感じで、タイピング音はアンバランスな印象になる。

 

せっかくなので打鍵音を録音して過去に行った方法で周波数解析をしてみる。比較したのは以下の3つのキーボード。

  • プレートレスPCBガスケットマウント、Gateron Pro milky yellow(relief64)
  • アクリル積層ステンレストップのガスケットマウント、DUROCK POM housing+UHMWPE stem(chex71sus)
  • 今回製作したほぼプレートレスのキーボード(chex71si)

GキーにSA-Pプロファイルのキーキャップをつけて打鍵音を録音した。下図が解析の結果。

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打鍵音の周波数スペクトルの比較

今回作成したキーボードはかなり打鍵音が抑えられていることが周波数解析からもわかる。特に3kHz以下の音がなくなっている。スイッチが異なるので平等な比較ではないが、6-8kHzの部分もほかに比べればレベルが低いのでkHzオーダーの周波数帯の音が抑えられていると考えて良さそう。

 

MT3、DSAプロファイルのキーキャップもつけて打鍵音を確認してみる。背が低いキーキャップは音が高くなる傾向があり、体感ではこのキーボードでも同じ傾向があってDSAが音が高めに聴こえる。ただし打鍵音が抑えられているためにキーキャップによる違いはほとんど気にならない。下の図は各キーキャップの周波数スペクトルを比較したもの。SA-PとMT3の違いはほとんどない。DSAは4-8kHzに違いが見えていて、これが音が高く聴こえる要因だろうか。通常のキーボードでは背が低いキーキャップを使うと打鍵音がカチャカチャという音に寄る感じする(個人の感想です)ので自分は避ける傾向があったが、このキーボードであればDSAのように背の低いプロファイルのキーキャップでも全然いいなと思った。

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周波数スペクトルをキーキャップを変えて比較

 

かなり打鍵音が抑えられることがわかったのだが、ここまで抑えられると他の音が気になり始める。例えば自分は木製の机を使用しているが、その振動音による低音をはっきりと感じることができるようになる。他のキーボードでは打鍵音が大きいので机の低音は全然気にならない。音の高低のバランスも打鍵音の重要な要素なんだなぁという気づきがあった。

 

打鍵感

打鍵感は自分の好み。これまでガスケットマウントのキーボードをいくつか自作したが、ガスケットで柔らかくしても金属のスイッチプレートを使っているためか底打ち時の打鍵感は少し硬く感じる。今作はそれに比べると柔らかくて指にやさしい感じがする。これはシリコーンシートだけでなくその下に仕込んだPoronシート・衝撃吸収シートのおかげもあるかもしれない。

 

まとめ

今回自作したキーボードでは端のキーがケースと干渉してしまうという残念な出来上がりとなってしまったが、いろいろ学習できた。

  • 手配線による自作キーボードの実績解除
  • Mill Maxソケットで手配線でもホットスワップ化が可能
  • プレートもPCBも無ければ打鍵音はとても静か
  • スタビ+PCBはスタビがないキーに比べて底打ち時の打鍵音が大きいのでタイピング時の打鍵音のバランスが悪い
  • 打鍵感はスイッチプレート、PCBを使った場合に比べて柔らかい
  • 打鍵音の良し悪しはキーによって音が大きく違わないことや高低の音のバランスも重要な要素

今回は使い物にならないキーボードになってしまったが、この構造は全く使えないわけではないと思う。次の2点をクリアすればきっと使えるはず。

  • すべてのキーをスタビライザーの必要のない1.75U以下の幅にし、スタビとPCBを完全になくす
  • ケース上面をカバーするプレートを取り付ける場合にはキーキャップとのクリアランスは少し大きめにする

さらに両面テープを使ってケース底面に固定するとか、配線の部分はシートに溝を掘るなど、できるだけ面を出すようにするとよりいいだろう。問題が解決できれば非常に打鍵音の抑えられた静音キーボードを作ることができる。今回はGateon Yellowを使用したが、静音スイッチを使うとさらに静音化できるはず。

 

今回は失敗に終わったがそれほどショックを受けてはいない。というのも前作のプレートレスPCBガスケットマウントが打鍵音EndGameへの道だと考えて始めているからだ。前作は64キーだったが、やっぱりもう少しキー数が欲しいなと感じているので68キーでPCBガスケットマウントを作ろうかなと考えている。その際、今回製作した5mm厚シリコーンシートを再利用できる。Poronとシリコーンゴムで打鍵音はどのように変わるのだろうか。気が向いたらそれについても記事を書くかもしれません。

 

この記事は自作したプレートレスPCBガスケットマウントキーボードrelief64で書きました。