キーボードの良い打鍵感とは何か?

キーボードにこだわり始めると良い打鍵感を求めるようになります。 しかし「良い打鍵感」とは何なのでしょうか? この言葉について掘り下げてみます。

まえがき

そもそもこの記事を書こうと思ったきっかけはびあっこさんのこちらの記事です。 biacco42.hatenablog.com

「情報を食べていないか?」という言葉が個人的には最も印象的でした。 自分が普段感じている懸念を短い言葉でうまく表してくれたからです。 その懸念とは、「われわれ買い手は、売り手側のブランディングという外的要因に自分の好みを歪められてはいないだろうか」ということ。

例えば静電容量無接点スイッチの打鍵感を至高と考える人がメンブレンのキーボードをこきおろすのをしばしば目にします。 でもあの打鍵感を生み出しているのは静電容量ではなくメンブレンと同じラバードームなのになぁと思うのです。 ラバードームによる独特のクリック感、スライダーやキーキャップの品質の違い、鉄板による安定感などの要因で「良い打鍵感」だ、などと主張してもらえれば、なるほどとなるのですが(これらの要素で打鍵感が決まっているのであれば、メンブレンでも同じ打鍵感を得られそうです)。

「良い打鍵感」という言葉も注意が必要です。 良いというのは結局は個人の好みです。 自作キーボードを嗜み、何台も所持している人は、良い打鍵音=個人の好みであることを認識していると思いますが、(自作)キーボード初心者の方はこれを意識しておく必要があります。 キーボードを使うのはみな人間という種なので好きが共通していることも少なくないでしょう。 しかし誰かが良いと評価したものが必ずしも自分にとっても良いとは限りません。 逆もまた然り。

つまり良い打鍵感を探し求めるということは、自分の好みを探すことと言いかえることができます。 では、あなたは良い打鍵感=自分の好みの打鍵感がどんなものか説明できるでしょうか?

私はうまくできません。同じように言語化できない人は結構いるのではないでしょうか。 原因として、(1)「打鍵感」という言葉がふわっとしていて何のことを指しているかわかるようでよくわからない、(2)自分の好みを実はよくわかっていない、という2つの不明確があると思います。 自分の好みを知るのはいろいろ体験してみるしかないような気がします。 ただ打鍵感というふわっとした言葉はもう少し明確にできるのではないかと思うのです。

そこでこの記事では打鍵感という言葉はどのような感覚を内包するのかを考え、それに関係する要素を挙げてみます。

打鍵感という言葉

わたしは触覚にまつわるものを指すときに打鍵感という言葉を使用するようにしています。 打鍵音と区別して考えたいからです。 一方、五感の感を取って打鍵感とするのであれば、聴覚からくる打鍵音も含めて打鍵感である、と言うこともできるでしょう。

嗅覚、味覚が打鍵に伴うことは無いと思います(あったら面白いけれど)。またキーボード本来の機能である文字入力の場面を考えると、打鍵中はディスプレイを見てキーボードを見ないので、ここでは打鍵感に視覚を含めないことにします。

このように第一に触覚、加えて聴覚にまつわるものを打鍵感の要素とするのがシンプルな定義でしょう。

またタイピングのしやすさも良い打鍵感に含めることもできそうです。 そうすると、キー配列やキーキャップの形状も打鍵感という言葉の範疇と言えます。

もう一点、打鍵感には満足感も裏に潜んでいるのではないかと考えています。 上で例に挙げた静電容量無接点スイッチのように、そのブランドイメージが好きであれば、打鍵時に満足感を感じます。 われわれはその満足感も無意識のうちに良い打鍵感という言葉に含めていないでしょうか? 私が打鍵感という言葉が何かふわっとしたように感じれらるのは、この満足感のためではないかという気がしています。

以上のように打鍵感はいくらでも範囲を拡張できる言葉に思えてしまいます。 それをすべてカバーするのは難しいので、 以降では触覚・聴覚にまつわる打鍵感の要素を挙げて考えてみます。 ただし私は触覚・聴覚にまつわるものと最後に挙げた満足感にまつわるものを完全には区別できてないかもしれません。

打鍵感をきめる要素

キースイッチ

打鍵感にこだわると、まず考えるのはキースイッチのことでしょう。 リニア、タクタイル、クリッキーという分類で、どれが好みなのかを答えられる人は多いと思います。 さらに掘り下げた打鍵感について、再度びあっこさんの別の記事を引用します(そして自分が書くのをサボります)。

www.itmedia.co.jp

「ぐらつきの少なさ」「なめらかさ」「フォースカーブ・バネ」「音」という4つの指標で整理しています。 記事には書かれていない以下のことを補足できると思います(書いてあって私が読み落としているかも)。

  • ステムの押下長(底打ちまでの押し下げ長)
  • アクチュエーションポイントの浅い・深い

これらもフォースカーブで表すことができます。

数多あるキースイッチについて、上の指標を比較しながら自分の理想のスイッチを探すわけです。 しかしこれは簡単ではありません。 「ぐらつきの少なさ」「なめらかさ」「フォースカーブ・バネ」「音」の4つの指標を、数値化して比較することが困難だからです。

フォースカーブは唯一はっきりと数値化しているものです。しかし道具がないと測定できません。 またフォースカーブを手に入れても、感覚と結びつけるのは難しいものです(あなたは自分が理想とするスイッチのフォースカーブを描けますか?)。

音も録音して記録でき、YouTubeなどの打鍵動画を参考にすることができます。しかしマイクの性能などの録音環境によって聴こえ方が大きく異なるので注意が必要です。 おすすめは、様々なスイッチを同一人物が同じ録音環境で同じキーボードにつけて録った打鍵動画を比較することです。 スイッチの打鍵音の相対的な比較ができます。

「なめらかさ」も数値化するのが難しい指標です。 わたしはリニアスイッチの場合はフォースカーブにある程度反映されると考えています(詳細はこの記事)。 ただし系統的に調べてないので仮説にすぎません(誰か系統的に調べてくれないかな~)。

ぐらつきの少なさもあまり定量的なデータがなく、販売サイトではその情報を正確に知ることはできません。 ただ世の中にはすごい人がいるもので、こんなデータがあります。

www.theremingoat.com

Switch Measurement Sheet、Composite Measurement Sheet.xlsx、のTolerancesのシートにステムのグラつきについてのデータがあります。

打鍵音

打鍵音はキースイッチだけでなく、マウント構造やケースの素材など、キーボードを構成する様々なものに影響を受けます。 それについては以前書いたこちらの記事を引用しておきます(そして書くのをサボります)。

kgnwsknt-chef.hatenablog.com

さらに補足すると以下のようなものもあります。

  • ソレノイドで打鍵時に音を鳴らす
  • ピコピコ電子音が鳴る

ソレノイドの音はタイプライターの打鍵音を思わせるので、クラシックさを味わうようなものなのでしょうか? 一方ピコピコ電子音が鳴るのは、電子楽器に近いかもしれません。 自分の好きな音を鳴らすハードがあれば、音を鳴らすことで好みの打鍵音を得られそうです。 ただ公共の場で使用するのは憚られますね。

キーキャップ

キーキャップは本当にいろんな形状のプロファイルがあります。 そしてその形状によっても打鍵感が変わります。

私の好みを例に説明すると、私の好みは天面がスフェリカルな形状(SAやKAT)です。 一方、天面がフラットなプロファイルはなんというか、打鍵したときに指の感触がそっけない感じがして、どうもしっくりきません。 また最近気づいたのですが、私は天面がシリンドリカルになっているcherryプロファイルのキーキャップだとタイピングのしづらさを少し感じます。 またスフェリカルでもMT3のようにホリが深い形状はしっくりこない感じがあります。

このキーキャップの形状のしっくりくる/こない感は、タイピングのフィードバックということかなと考えています。 キーボードを見ずにタッチタイピングしていると、指がキーキャップの真ん中ではなく端を押してしまうこともあります。 その場合にキーキャップの端を指が感じるので、指の位置がずれている、あるいはミスタイプしたことがわかります。 それをもとに打鍵位置を修正することを無意識のうちにしているのだと思います。 そういう点では、天面の面積の大小(隣り合うキーキャップの天面の端同士の距離?)や四角や丸っぽい形状によっても同じようにしっくりくる/こない感が異なりそうです。 実際天面の面積が大き目のMDAプロファイルは少しだけしっくりこない感があります。

ただ、上の私の好みは普遍的では無いようです。 ノートパソコンのキーボードはほとんどが天面フラットになっていますが、特に違和感がありません。 好みのキーキャップの形状は、キーの高さや押下長との組み合わせによっても変わるのでしょうか。 このように私は自分の好みを十分にわかっていません。

材質の違いなどによる表面のサラサラ・ツルツル感(表面の粗さ)などももしかしたら打鍵感に影響するのかもしれません。ただ私は気にしたことがありません。

またキーキャップの形状や素材、厚みなどによって打鍵音が変化します。タイピング時のしっくりくる形状、打鍵音、そして見た目のすべてが自分の好みのキーキャップにめぐり逢いたいものです。

打鍵時の柔らかさ/硬さ

ガスケットマウントなどのスイッチプレート・PCBが沈むような構造のキーボードで意識されいている打鍵の柔らかさなども打鍵感を語るうえで欠かせません。 スイッチプレートをステンレスなどの硬い金属で作ってケースにがっちり固定すると、底打ちしたときの打鍵感が硬くなり、人によっては指が痛くなります。 こういう文脈で柔らかい打鍵感が好まれることが多いと思います。

ただし柔らかければ柔らかいほど良い、というわけではないはずです。 ガスケットマウントなどでプレートが沈みやすい場合には、底打ちしたときにキースイッチの押下長以上に大きな変位が生じます。 変位量があまりにも大きすぎるとタイピングしづらくなるでしょう。

ただし底打ちしない人にとっては、プレートの硬さは関係なさそうです。

柔らかさの均一性

カスタムキーボードでは打鍵感の柔らかさの均一性がしばしば語られます。 多くの場合、均一なものは良く、不均一なものは悪いという評価がされていると思います。

一方でへそまがりな私は、均一な打鍵感が良いというのはどうしてだろうか、と考えてしまいます。 人間の指はそれぞれ長さも太さも異なり、結果として打鍵する力も異なります。 Realforceの変荷重モデルはそのことを意識しているでしょう。 またColumn Staggeredの自作キーボードも指の違いを意識してキーの配置を考えることが多いと思います。 指の違いを意識するのであれば、その違いに合わせた不均一さが理にかなっているような気がします。

まあ好みの問題なので理にかなっている必要も無いのですが、均一性が良いとされる理由は何なのか、自分なりに考えてみました。 一つは打鍵音の均一性ではないでしょうか? 触覚的打鍵感が均一であれば打鍵音も均一になりそうです。 打鍵音にこだわってキーボードを自作してきた自分としてはキーによって打鍵音が違うのは気になっているところです。

別の理由として、不均一なものに比べて均一なものはある種の美しさを感じられるという美的感覚かもしれない、と考えたりもします。 例えば60%サイズのRow Staggered配列は行ごとにずれがあるにもかかわらず、全体での左右の幅は各行で揃っています。この見た目の秩序が私は好きですが、柔らかさの均一性は触覚においての統一感ということかもしれません。

そんなことを考えていると一つの仮説が浮かびます。 それは「打鍵感の均一性はRow Staggeredのカスタムキーボードだけで語られているのではないか」というものです。 Row Staggered配列は指の差異を無視したデザインです。 親指を除くすべての指を平等(?)に扱っているので、打鍵感も平等に、ということかもしれません。 そういう点ではOrtholinear配列も同じです。 一方でColumn Staggered配列ではあまり議論されていないのではと想像します。 (まあ全然見当違いかもしれません)

打鍵時のプレート・PCBの反動(振動)

打鍵時のプレート・PCBの反動というのも打鍵感の指標としてあると考えています。

これはプレートレスPCBマウントのキーボードを自作したときに感じました。 スイッチプレートが無いためにPCBがしなりやすく、打鍵の底打ち時にPCBがバインバインと振動します。 自分は指に感じるこの反動が好きになれなかったので、PCBとケースの間にフォームを入れてこの振動を抑えました。 この底打ち時の板の振動はスイッチプレートを金属で作ったときには全く意識しなかったことです。

これは振動の変位量と関係していそうです。 柔らかい素材のスイッチプレートやPCBにスリットを入れると、板が変形しやすくなるので打鍵時の変位量が大きくなります。金属などの硬い素材を用いたスリットのないプレートであれば変位量は小さいでしょう。 指が感じることができる振動の変位の大きさに閾値があるとすれば、金属プレートでは変位が小さいから振動を感じないということかもしれません。

また振動の周期(周波数)と関係しているかもしれません。 柔らかい素材を使ったりスリットを入れるなどして板を変形しやすくした場合、振動の周期が長く(周波数が小さく)なる傾向があるはずです。 打鍵の速さ(0.1秒程度?)と同程度の振動の周期だと気になるということがあるのかもしれません。 あるいは触覚の感度に周波数依存性があって、振動の周波数が高い金属プレートの振動は感じないということなのでしょうか?

フォームを入れると振動の変位量が小さくなるはずですが、弦楽器のミュートのように振動の減衰時間も短くなっていそうです。 この減衰時間の短い・長いも打鍵感と関係するでしょう。 振動の減衰という指摘は、打鍵音の周波数分析をしていたときにも目にしたことがあって気になっています。 測定・分析できると面白そうです。

良い打鍵感とは心地よいフィードバックではないか?

好みの打鍵感を求めるということは心地よいフィードバックを求めることと言いかえられるのではないでしょうか? 満足感を含めない狭義の意味での打鍵感、つまり触覚と聴覚にまつわる打鍵感はそのように言える気がします。

私は昔からタッチパネルでの入力に苦手意識があったのですが、これは入力時に触覚的なフィードバックが無いためです。 最近スマホを新しくしたのですが、操作した時にわずかに振動する設定ができて、これは悪くないなと思いました。 またほぼ日課になっているタイピングテストを行うときに、キーボードの打鍵音がよく聞こえるときは調子が良いように思います(気のせいかもしれません)。

あとがき

打鍵感についてあれこれ書いてみましたが、考えれば考えるほどフィードバックと満足感をちゃんと自分は区別できているのかわからなくなってきます。 まあでも結局は好みの問題です。そんな区別は必要ないのかもしれません。 キーボードについての「情報を食べる」ことについて批判的に書きましたが、満足できるのであればそれでも良いのだと思います。

ただ、自作キーボードの醍醐味の一つは、良い打鍵感=自分の好きを探求して試行錯誤することだと私は思っています。 過剰広告、情報過多があたり前の世の中ですが、新しいものはインプットしつつ、しかし外的要因に洗脳されることなく自分の本当に好きなものは何かを見極めていきたい、と自分は考えてしまうのです。

この記事は自作したオリジナルキーボードunity69を使って書きました。