これまで複数のキーボードを自作してきたことから、自分の好きな打鍵音、好きになれない打鍵音がけっこう明確になってきました。この記事では私の打鍵音の好みを言語化し、それを得るためのいくつかの知見をまとめてみようと思います。
私の好きな音、好きになれない音について記述していますが、優劣をつけたり好みでない音を否定するものではありません。私と真逆の嗜好をもつ人には、私の好みはアンチパターンになるのではないかと思います。
いろいろな音色
まずは私が好きな打鍵音、好きになれない打鍵音を整理しておきます。 私の好みの打鍵音は擬音で表現するなら次のような音になります。
- コトコト
- ポコポコ
一方、私の好みでない打鍵音は次のような音です。
- カチャカチャ
- カツカツ
- ドンドン
- カサカサ
- ピチピチ
- パチパチ
- キンキン
おわかわりいただけただろうか…。
好きになれない打鍵音はかなり明確なので、以下に例を示しながら説明します。
カチャカチャはスタビライザーの調整を失敗したときのような音。カツカツはステムのセンターポールが長いスイッチの良く響く底打ち音です。これを好む人も多いと思うのですが、私は底打ち音が控えめなほうが好きです。ドンドンというのは低音が響いている感じ。サイレントスイッチを使うと気になることが多いです。
カサカサはスイッチが滑らかでなく、ステムがハウジングに擦れているような音。ただ、もしかしたらこれは触覚から来ているかもしれません。擦れるような音はASMRなどで好まれる傾向のものだと思います。私はASMR好きですが、滑らかでないスイッチは好みではありません。カサカサ音が好きになれないのは音というよりは滑らかでない感触が好きになれないということかもしれません。(滑らかな感触だけどカサカサという打鍵音のスイッチはあり得るのだろうか…。)
ピチピチ、パチパチは、平面同士が当たったときのような音です。cherryプロファイルのキーキャップを使うと、背の低いF行のキーなどでは私にはそのような音に聴こえます。これが好きになれないので、最もキーキャップの種類が豊富なcherryプロファイルのキーキャップを使い続けることができません。(おかげで散財を避けられていますが、ときどき気の迷いで購入してしまう…)
キンキンは金属音。スイッチプレートを金属にすると聴こえたりする音です。ものによっては高級感があるので好きな人も多いと思います。ただし私は柔らかい印象の音を求めているので、硬い印象の金属音は目指しているものとは異なります。
書き出してみると、好きになれない音のなんと多いことか…。改めて自分がとっても面倒くさい人間だなと再認識しました。一方、好みの音はうまく言語化できないのですが、私が理想とする打鍵音はきっとこの動画のような音です。この音はローパスフィルターで高音を低減しています。
ではこの自分の好みの打鍵音を得るためには一体どのようなアプローチをとるのがいいでしょうか。
打鍵音の原則
キーボード打鍵音には次の原則があると思います。
- 最も大きな音を鳴らすものが打鍵音の印象を決める
- 振動するものが音を鳴らす
なんだかとっても当たり前のことを書いていますが例を挙げます。
サイレントスイッチを使用した場合はスイッチ打鍵時の高音が低減されます。そうすると低音がよく聞こえるようになります。一方、同じキーボードでセンターポールの長いステムのスイッチに交換すると、底打ち音がカツカツと響くようになります。そうすると他の小さな音は目立たなくなり、サイレントスイッチのときに聴こえていたような低音はほとんど気にならなくなると思います。もちろんスイッチによって低音の鳴り方が違うはずですが、スイッチプレートやPCBの振動からくる低音成分は共通のはず。つまり底打ち音の大きなスイッチを用いると、その音が打鍵音の性格を決めます。
もっとわかりやすいのはスタビライザーです。この調整がうまくないとカチャカチャという耳立つ音が鳴ります。この音を嫌っている人は多いと思いますが、そういう人はカチャカチャ音がなっているだけでキーボード全体の打鍵音を残念に感じてしまうでしょう。
上の原則をふまえると、好みの打鍵音に近づけるための処方箋は大きな音が鳴る要素から音色を整えていく、ということになります。キーボード沼にどっぷり浸かっている人はスタビライザーの調整に時間をかけたりしますが、このことをよくわかっているのだと思います。耳の良い人は小さな音も聴こえて気になるかもしれませんが、一番大きな音が好みの音色にならない限りは打鍵音エンドゲームにはなり得ません。
ではキーボードの部品で音を鳴らしているものは何でしょうか?音の源は動くもの(振動するもの)です。そういう点ではキースイッチとそれと一緒に動くキーキャップはキーボードの中でもっとも動くパーツであり、これが打鍵音を決める重要な要素です。
次に重要な要素となるのは、キースイッチと密着して振動が伝わりやすい部品です。これはスイッチプレート、PCBになります。
ケースの与える影響について、私はまだ良くわかっていません。ケースの剛性が高くなければケースが振動して音が鳴ります。マウント方法によって打鍵音は大きく変化しますが、それは
- PCB・スイッチプレートの振動をどのようにケースに伝えるか
- PCB・スイッチプレートの振動の支点が変わり音が変化する
ということだと思います。
ガスケットマウントなどでキーボード部分(スイッチ、PCB、スイッチプレート)の振動をケースに伝わりにくくし、かつケースの剛性が高い場合には、どうやってキーボード部分の音を整えるか、という問題に帰着します。なのでキーボード部分の音をどう整えるか、というのを私は最優先に考えます。
以降ではこれまで自作してきたキーボードの体験から得た知見と所感を、キーボード部分のいくつかの要素について述べてみます。
キースイッチの戻り時の音
まずはキースイッチについて。スイッチによっては、押下後、戻ってきたときにパチッというような音が鳴ったります。自分はこの音をできるだけ抑えたものが好みです。
最近はセミサイレントスイッチという戻ってきたときの音をほぼ消している面白いスイッチもありますが、これやサイレントスイッチでなくても戻り時の音が静かなスイッチが存在します。
その共通点はステムが上に戻った状態の時にスプリングが自然長に近いもの。実際に音の大きさを測定したわけではないけれど、物理法則的には納得できます。ステムが上がっている状態のときにスプリングが自然長に近ければ、ばねによるステムを上に押す力は小さいはずです(フックの法則)。押下後にステムはスプリングに押されて上に戻りますが、その力が小さいほどハウジングにあたった時の衝撃は小さくなり、音は小さくなるわけです。
自分がこれまでに出会ったスイッチでこれに該当したのは以下のスイッチ。
- Banana Split
- Gateron Box Ink Pink
バネの長さは測ったことはないけれど、スイッチを分解したときのスプリングの飛び出し具合で感覚的にはわかります。下の写真はBanana splitを分解したときのもので、上ハウジングがそれほど持ち上げられません。
逆のことを考えると、長いばねが縮められた状態でおさまっているスイッチは、ステムの戻り音が大きい傾向にあるのではないかと思います。
ただし、ステムやハウジングの素材・形状にも左右されるのでバネだけでは決まりません。
ルブによるキースイッチ戻り音の低減
キースイッチのステムが上に戻った時の音はルブで低減させることができます。ステムが上に戻るときには、ハウジングとステム左右の上側があたります(下図の赤丸の部分)。
この部分にルブを厚めに塗ると、当たった時の音をかなり低減させることができます。私は使用するスイッチは必ずルブしますが、この位置に多く盛ります。
ただしルブはできるだけ薄くというのをしばしば拝見するので、私のやり方は邪道なのかもしれません。一方で底打ち時に当たる箇所は厚くならないようにします。やりすぎるとヌチャ、ネチャッとなってしまうからです。
スタビライザー
おそらく多くの人の悩みがスタビライザーの音。私は以下でだいたい自分の好みの音にすることができます。
- Holee Mod
- PCBにフォーム(KBDfans Stabilizers foam sticker)を貼る
- PCBにネジ止めするスタビライザー
- スペースキーはよくある6.25uではなく、分割して3u未満にする
最初のModはステム内のワイヤーが当たるところにバンドエイドを貼るというもの。これに加えてルブを行います。2番めに挙げたPCBに薄いフォームを貼るというのは、底打ち時にステムがPCBに当たる音をマイルドにする効果があります。フォームを貼るとPCBにスタビライザーをはめるのがタイトになるので、スタビライザーはPCBにネジ止めするタイプのものを使用します(スナップインのスタビライザーとフォームを組み合わせたことがないだけなので、別にスナップインタイプでも問題ないかもしれません)。
最後のスペースキーを分割するというのは、アルファベットなどの1uのキーの打鍵音とバランスさせるためです。6.25uだとどんなに調整してもキーが大きいために打鍵音が大きくなってしまいます。底打ち音のカツッという音はシリコーンシートを使うなどして消す方法があるのですが、そうすると低音が目立つようになり、これもやはり私にはバランスが悪いように感じられてしまうのです。
3u以上だとキーキャップやスタビライザーのワイヤーの入手性が悪いので、2.75u以下の幅のキーに分割する、というのが現在の私のスタンダードになっています。2.75u以下の幅だと、打鍵音がそれほど目立たずに1uのキーとのバランスが良いと私は感じます。でもたまに6.25uのスペースキーのキーボードを使うと、打鍵音が響いてでなんかやってる感がするので、これはこれでいいかなと思ったりもします(気まぐれ…)。
フォームの効果
最近は打鍵音のためにケース内にフォームを入れる、というのがよく行われます。この効果の説明として以下のことが言われていると思います。
- 吸音
- 空洞を埋めて音の反響をなくす
- 振動のダンパー
ケース内に入れられるフォームの厚さはせいぜい3mm前後です。そんなに厚くはないので、吸音効果は限定的な気がします(もちろんゼロではないですが)。空洞を埋めて、というのも確かにありそうですが、フォームだとどうだろうという気がします。もっと密度の高いものだと実感できそうな気がします。
この中で一番効果が大きいのは振動のダンパー、あるいは制振ではないかと思っています。これについては後でも触れます。
未だに全然わからないのはテープModです。PCBの裏柄にテープを貼って打鍵音を変化させるというものです。テープの糊がPCBに移りそうなので常用するキーボードではやりませんが、これははっきりと効果を感じることができます。薄膜による吸音が効いているのか、PCBに密着することがポイントなのか、その両方なのか…。
Poronフォームとシリコーンゴム
ケース内にPoronなどのウレタンシートやシリコーンゴムのシートなどを入れることがありますが、Poronとシリコーンでは音色が異なります。
同じ厚さで比較した場合、Poronに比べると、シリコーンのほうが高周波数に対して振動ダンパーとしての能力が高いと思います。これは2つのプレートレスPCBガスケットマウントのキーボード、5mm厚のPoronをつけたものと、同じ厚さのシリコーンシートを貼り付けたものを作成した経験からです。
スイッチもケースも違うので公平な比較ではないのですが、後者の方が高い音を低減していると感じました。結果として静音な印象の打鍵音に近づきます。
シリコーンシートのほうが効果が高いというのも、一体どういう説明が正しいのかはわかりませんが、以下のようなことが考えられます。
- シリコーンの方が密度が高い(=重い)ので制振の能力が高い
- 密度が高いので遮音能力が高い
- 振動の吸収に対して周波数特性が異なる
ただし1番目の効果を得るには、PCBやスイッチプレートにシートを密着させることが肝要な気がします。
フォームのつぶし具合
PCB底面とケースの間にフォームが入れられることも多いですが、このフォームのつぶし具合で打鍵音が変化します。PCB・スイッチプレートのケースへの固定方法にも依存しますが、フォームを潰さないときには音が軽く軽快な印象になります。一方PCBをケース底面に押しつけてフォームを潰した場合には低音側に寄る(あるいは低音がよく鳴る)ようになります。これはこの記事で書いている自作キーボードの体験からです。
これは未だにどういう説明が適切なのかわかりませんが、以下のようなことが考えらます。
- フォームを振動するPCBに密着させて制振・振動ダンパーとしての効果を向上させる
- PCBの振動をケース底面に伝え、ケース底面の音を鳴らす
なんとなく両方の効果が合わさっているような気がします。これは私がアクリルでケースを製作していることが原因かもしれません。
金属製などの剛性の高いのケースだと2番めの効果は薄く、1番目の制振の効果を高める気がします。
スイッチプレートとPCB
上で述べた打鍵音の原則から以下のような法則があると思っています。
- スイッチプレートの硬さ>>PCBの硬さ → スイッチプレートが打鍵音の印象を決める
- スイッチプレートの硬さ<<PCBの硬さ → PCBが打鍵音の印象を決める
つまりスイッチプレートとPCBのうち、硬い素材のほうが打鍵音の印象を決めるということ。硬い音は高い周波数成分を含んでいるはずです。人の耳は数kHzくらいの音が最もよく聴こえますが、このことが関係しているかもしれません。ただし金属のスイッチプレートでもスリットやリーフスプリングなどで柔らかくなっている場合はまだよくわかっていません。
また、最近自作したPCB・スイッチプレート一体型ホットスワップのキーボードは、スイッチプレートがFR4で柔らかく、通常のPCBに対応する板が無いので、この場合にはケースとキーボード部の関係によって音が変わります。
- キーボード部分の振動がケース底面に伝わりやすい場合 → スイッチとケース底面が打鍵音の印象を決める
- フォームなどでケースに振動が伝わりにくい場合
- 通常のスイッチ → スイッチの打鍵音が印象を決める
- スイッチの音が静かな時 → 静音
これについては、こちらの記事が参考になるかもしれません。
以上から最も硬い板が打鍵音の印象を決める重要な要素だと考えています。ただし、板の硬さが同程度のものが複数あると単純ではなくなります。どの板が鳴っているか区別できなくなるので、切り分けが困難になります。
打鍵音エンドゲームを得るためには
2022年に作成したPCBガスケットマウントのPCBにシリコーンシート5mm厚を貼り付けたキーボードや、PCB・スイッチプレート一体型キーボードでは、自分が求める以上に打鍵音が抑えられたものとなりました。これはシリコーンシートの制振and/or振動ダンパーとしての能力が高いこと、FR4でスイッチプレート+Poronフォームはやわらかすぎることを反映しているのだと思います。
一方、PCBガスケットマウントのPCBに5mm厚のフォームを組み合わせた場合は、少し底打ち音がシャープ過ぎる気がして、もうすこしマイルドな音にしたいと思いました。
なのでこれらの間に求める打鍵音がありそうです。FR4でスイッチプレートを作り、PCBと組み合わせ、5mmよりも薄いシリコーンシートをPCBに貼り付けると自分の求める打鍵音を手に入れられるような気がしています。
あとがき
とまぁ、ここまでキーボード打鍵音について語ってきたのですが、未だに打鍵音エンドゲームに至っていません。結構いい線いっているものはいくつか作れているし、ここで書いた考察はそんなにおかしくはないと思っているで、あともう一息な気がしているのですが…。
キーボード打鍵音は様々な要素からの音の重ね合わせで決まりますが、組み合わせ方によって各要素の振動=音も変化するのでとても複雑です。打鍵音完全に理解した、という境地に達することはまだまだ遠そうです。楽器を作っている人って本当にすごいですよね。
この記事は自作したオリジナルキーボードunity69で書きました。