プレートレスPCBガスケットマウント自作キーボードの製作(8)

今回はフォームによる打鍵音の変化についての記事です。

5mm厚フォームの導入

今回製作した自作キーボードrelief64は、スイッチプレートがない分だけ厚いフォームを入れることができる。これにより大きな吸音効果が見込めて落ち着いた打鍵音が得られるのではないかというのがもともとこのキーボードを作って試したい事の一つだった。実際このキーボードをつくるきっかけになったプレートレスのThera75は打鍵動画を見ると結構自分好みの音になっていて、これが5mmの厚いフォームによる効果ではないかと考えていたからだ。

 

ということで5mm厚のPoronフォームを入れる。Poronシートをニッパーでカットしてスイッチの穴をあけていく。切りづらいので見た目はいまいちだが、最終的には見えないところなので気にしない。この作業はハサミよりはニッパーのほうがやりやすい。ただしこの厚みとこの穴の数はだいぶ苦行。穴をあけ終わった時には右手の中指にまめが2個生まれていた。

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5mm厚Poronフォームのスイッチ穴をニッパーでカット

カットしたフォームをキーボードに仕込んだのが下の写真。切り口は見えないのでそんなに見た目は悪くない。

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フォームのインストール

スタビライザーの辺りも頑張ってかなり隙間を少なくすることができた。フォームをミチミチに詰めているため、場所によってはスイッチが水平方向に押されていて、キーキャップをつけると打鍵時に隣のキーキャップと少しあたるものがあった。これはさらにフォームをカットして調整。

打鍵音へのフォームの効果

さて、フォームを詰めたので打鍵音の周波数解析をしてみる。解析方法は以前行ったこれと同じやり方。この時の使用したキーキャップはSignature PlasticのSA-Pプロファイル。下のグラフはGateron Pro yellow milkyをつけたHキーについて、真鍮ウェイトとフォームを組み合わせたときの周波数スペクトルの比較。

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Hキー(Gateron Pro yellow milky)の打鍵音の周波数スペクトルの比較

 

この結果は自分にとってはかなりショックだった。つまりウェイトを入れようが、フォームを入れようがほとんど変わらない。でも体感ではフォームを入れたほうが底打ち時のカツカツとした打鍵音の鋭さがまろやかになった感じがする(文字で表現するのが難しい)。

 

まてよ、自分の打鍵時の強さによって音は変わるのでは、と思い始めたのでこの違いを調べてみた。打鍵の強さを弱(底打ち音がぎりぎりするかしないか程度)、中(普段の打鍵の強さくらいのつもり)、強(強めの打鍵)に対して周波数スペクトルがどのように変わるかを調べてみた。下の図はウェイトとフォームをつけた状態での打鍵の強さによる周波数スペクトルの変化。

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Hキー(Gateron Pro yellow milky)の打鍵の強さを変えたときの周波数スペクトルの比較

 

当たり前だが打鍵の強さによって周波数スペクトルの強度が変わる。数kHzの周波数帯がおそらくスイッチやその底打ちの音だと考えられるが、この周波数帯では打鍵の強さによって10dBくらい変化する。これに加えてスペクトル分布の形も変わっていて、つまり音色が変わっていることになる。弱と中では特に6-10kHzの領域で大きく変わっていて、これが底打ちのカツカツ音に対応しているのか?強く打鍵すると10kHzを超えたところも現れ始める。10dBくらい変化すると打鍵音の違いがはっきり耳でわかるレベルという印象。

 

強く打鍵したときのウェイトやフォームの効果を比較したのが下図。打鍵が強い場合には打鍵力中よりも違いがなくなる。ただし10kHzを超えたところではフォームが効いているようにも見える。

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Hキー(Gateron Pro yellow milky)の強めに打鍵したときの周波数スペクトルの比較

 

別のキーについても一応調べてみる。ProじゃないGateon yellow milkyがついている「;」キーについても同様の解析を行った。まず下の図は打鍵の強さによるスペクトルの違い。

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;キー(Gateron yellow milky)の打鍵の強さを変えたときの周波数スペクトルの比較

数kHzの周波数帯はHのキーと同じ傾向。一方10kHzを超えたところではあまり大きく変わらない。体感としてはGateron Pro yellow milkyのほうが底打ち音が大きく、カツカツ音と軽快に響く。この音(の一部?)がこの周波数帯に現れているということなのだろうか?

 

下の2つの図はウェイトとフォームの効果を;キー(Gateron yellow milky)について打鍵力中と強で比較したもの。

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;キー(Gateron yellow milky)の周波数スペクトルの比較(打鍵の強さ中ぐらい)

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;キー(Gateron yellow milky)の周波数スペクトルの比較(打鍵の強め)

こちらも大きな違いは見られない。Hキーではフォームが10kHzを超えたところで効果があるように見えたが、;キーではそのような傾向は見えない。

 

最後に複数のキーについての打鍵音を調べるために、タイピングテスト時の打鍵音を15秒程度録音して比較した。下のグラフがその結果。

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タイピングしたときの打鍵音の周波数スペクトルの比較

ほぼ同じ…。一応Hキー単独で録音した場合とタイピングした場合のスペクトルの比較もしてみる。

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Hキー単体(赤)の場合とタイピングしたとき(紫)のスペクトルの比較

多少形が違うがほぼ同じといっていいだろう。

 

以上から

  • 打鍵の強さでスペクトルは変化するが、録音時の打鍵の強さはわりと制御できていてばらつきは少なそう
  • タイピング時の打鍵音をHキーで代表させてもそんなに悪くなさそう

ということが言えるだろう。5mm厚のフォームが大きな効果を発揮すると期待していたが、スペクトルにはほとんど違いが見えず残念な結果となった。ただ体感としてはフォームを入れると少し音が変わったように聞こえるので、マイクが高音を拾えていないことが原因だと思う。録音した音を再生すると実際に比べてこもったような音になっているので、やっぱりマイクの高音に対する感度が足りていない気がする。まあでも耳で聞いた実際の打鍵音が劇的に変わったようには感じなかったので、やっぱり5mm厚フォームの効果は思っていたほど大きくはないようだ。

 

さらにクッションシートを追加

苦労してフォームに穴をあけて入れた割には効果が薄くて悔しかったので、家に余っていた3mm厚の衝撃吸収シートをPCBと底板の間に入れてみた。ホームセンターで購入したこれ。黄色の部分がアクリル発泡体で片面の黒いものはマーバス加工された生地というものでサラサラした手触り。PCB側は多少凹凸があるので黄色の柔らかいアクリル発泡体面をPCB側にして入れた。

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衝撃吸収シート(真鍮ウェイトがもう汚れてきている…)
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衝撃吸収シートをケース内に入れた状態

3mmの厚さはたまたまだけど丁度よかった。写真で見えるように、黄色のウレタン発泡体の部分がほとんど潰れていない状態になっているので、打鍵感の柔らかさをほとんど損なわないはず。

 

このシートを入れたら明らかに打鍵音が変化した!体感では自分の目指しているコトコト音に近づいた。これは周波数スペクトルにもはっきりとした違いとして現れる。下図はPCBの下にシートを入れた場合(foam foam weight middle)と入れない場合(foam weight middle)の打鍵の強さ中での比較。

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追加クッション材を入れた場合のHキーの打鍵音の周波数スペクトルの比較

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追加クッション材を入れた場合の;キーの打鍵音の周波数スペクトルの比較

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タイピング音のスペクトルの比較

1キー単体で調べた結果では数kHzの音が低減され、代わりに数100Hzの音が現れた。空間を埋めたことによって音がケース内で響かなくなったということなのだろうか?数100Hzが増えたのは底板に振動が伝わるようになったのか?でもタイピングの打鍵音の比較では、数kHzの周波数帯にはほとんど違いがみられない。うーん、打鍵音わからん…。

 

打鍵音についての総評

打鍵音はフォームを入れると体感では変化している。もともと底打ち音がカツカツとした軽快で鋭い音(ただしステムのセンターポール長めのスイッチに比べれば控えめ)だったのが、フォームを入れると多少マイルドな音色に変わっている。YoutubeにあるThera75の打鍵音に結構近いと思う(個人の感想です)。

 

最も効果が高かったのは一番苦労していないPCBと底板の間に入れた衝撃吸収シート。フォームによる吸音が重要だと思っていたが、それよりも共鳴箱となっていたケース内部の空間を埋めるほうが重要なポイントということな気がする。だとするとガスケット受けの横の空間も埋めると音が変わるかもしれない。フォームのように吸音素材でなくても単に埋めるだけでもいいのかもしれない。またケース内部の空間を埋める割合を変えることによって好みの音に整音できるのかもしれない。

 

今作のrelief64というプレートレスキーボードの打鍵音を決めている主な要因は、底打ち時にスイッチ、PCBが鳴らしている音だと考えられる。これはカツカツと響く軽快な音なのでPCBを使わないでハンドワイヤーすると自分の好みの落ち着いた音にできるような気がする。この場合スイッチ位置を固定するスイッチプレートが必要となるが、硬めの(といってもPCBに比べて相対的には柔らかい)フォーム、あるいはゴムなどでスイッチを固定してハンドワイヤーすると究極のコトコト音にできるのではないだろうか。

 

しかし何回キーボードを作っても「打鍵音完全に理解した!」にならない。オーディオというのは底なしの沼なんだろうなーと思うのでした。この自作したrelief64というキーボードについて試したことはだいたい書いたつもり。何か新しい発見があったらまた記事を書くかもしれません。