キーボード打鍵音の周波数解析

キーボードにこだわりを持つ人にとっては打鍵音は重要な要素の一つです。心地良いとずっとタイピングしてしまうほどの中毒性があります。これを求めて世界中の人々が様々な改造を試みており、youtubeの動画で改造方法やタイピング音を参考にすることができます。ただ、マイクなどの録音環境が異なると聴こえ方も全然違うために動画によって大きく印象が変わってしまいます。何とか打鍵音を数値化・可視化して比較することにより、客観的に分析することができないかという思いから、手元にある自作キーボードについて打鍵音の周波数解析を夏休みの自由研究として行ってみました。

目的

打鍵音の周波数解析の目的は主に以下の2点。

  • Modの効果を判断するための記録
  • 自分の好みの打鍵音の周波数スペクトルの形・特徴を見いだせないか

打鍵音向上のためにいろいろ改造を試しているが、その効果を確かめるのは難しい。というのも、改造前の打鍵音を記憶しておき、その記憶と改造後の打鍵音と比較することになるからだ。記憶ほどあてにならないものはない。改造すると打鍵音が向上するはずという思い込みによって大した効果がないのに打鍵音が変わったと思いこんでしまっているのではないか、という疑念がいつもつきまとう。全く同じキーボードを2つ用意して改造の効果を比較してみればよいが、それはあまりにも贅沢というもの。代わりに録音して周波数スペクトルを比較することができれば、ある程度客観的に効果を評価することができる。

周波数解析に用いたツール

打鍵音の録音用のマイクは安価なエレコムのHS-MC05UBKを使用。周波数帯域は20-20000Hz。周波数ごとにどれくらい感度が異なるかは不明。

 

録音とスペクトル解析には無料の音声編集ソフトAudacityを用いた。これのいいところはホワイトノイズを除去することができるところ。無音時の範囲を選択してエフェクト>ノイズの低減>ノイズプロファイルの取得をしたのち、Ctrl+Aで全体を選択してエフェクト>ノイズの低減>OKとする。これを行うと、サーというホワイトノイズ音を除去することができる。(ただし最近の記事でAudacityがスパイウェアに?というような記事もあるので別のソフトがいいかもしれない。)

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Audacityで無音部分を選択してノイズプロファイルを取得する

自作したキーボードの打鍵音の比較

まずは手元にある自作キーボードの打鍵音の周波数スペクトルを比較してみる。マイクを写真のように配置してGとHのキーを交互にタイプする音を録音した。また一緒に使用しているスイッチ+キーキャップをキーボードから取り外し、それだけの音も録音した。

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録音セットアップ

 

ホワイトノイズを除去したのちに、解析>スペクトル表示によって周波数スペクトルを取得し、ファイルに保存した数値をエクセルでプロットして比較したのが下の図。

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各キーボードとスイッチ+キーキャップの打鍵音の周波数スペクトル

スペクトルは多分時間で平均(?)されている。どういう平均をとっているかは知らない…。それぞれの録音時に同じ力加減でタイピングできていないだろうし、マイクとの距離もだいたい合わせてるだけなので、音量レベルの絶対値を正確に比較することはできないが、スペクトルの形は問題ないだろう。

 

測定した3つの自作キーボードの概要は以下の通り。

  • chex71 (Cu plate gasket mount)はこれまで自作した中で最高の出来の68キーの自作キーボード。銅のスイッチプレートをガスケットマウント。ケースの底面と上面をステンレス3mmにして遮音性を高め、フォームを仕込んだもの。打鍵音は静かでコトコトした音が鳴る。上の測定セットアップ写真のもの。
  • chex71 (acryl top mount)はトップマウントを試すために作ったもので、底面のステンレス3mm以外はアクリルのケース。アクリルのスイッチプレートをトップマウントでケースの上面に固定したのもの。PEフォームをスイッチとPCBの間に入れてある。打鍵音がカツカツと響く。うるさいのでお蔵入り状態。
  • haze46は最近作った40%キーボードでアクリルを箱組したケースにソルボセインを使ってボトムマウントしたもの。詳細はこちらのブログ。キーキャップが背の低いDSAプロファイルということもあって、打鍵音に多少カチャカチャした音が混じる。

 

この比較でわかったのは以下のこと。

  • キースイッチ+キーキャップはどれも4-8kHzに分布している
  • ガスケットマウントのchex71が最も音量レベルが小さいが、これは耳で(脳で?)感じる印象と一致する

この3つのキーボードのうち、実際の打鍵音が最もうるさいのはアクリルプレートトップマウント のchex71。人間の耳の感度は周波数に依存するが、kHzオーダーの音に最も敏感なのでこの領域を見る限り、実際の音のうるささ/静かさの順番とスペクトルのピークレベルの順番は一致している。


スイッチに接するパーツの有無による周波数スペクトルの比較

次に各パーツがスペクトルをどのように変化させるのかを調べた。ここでは比較的分解がしやすいキーボードであるhaze46について測定を行った。スイッチ、PCB、スイッチプレートなど、スイッチとそれに接するパーツについてスペクトルを比較したのが下図。

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スイッチ周辺パーツの有無のスペクトルの比較

録音しなおしたせいか、3つのキーボードを比較したスペクトルと比べて少し形が変わっているが大まかな形状は一致しているので細かい差異は気にしないことにする。これを見るとこのキーボードの打鍵音は、キーキャップ、スイッチ、真鍮のプレートで決まっているように見える。ただ、PCBをつけると変化して、キーボード全部組んだ時にまたスペクトル形状が戻っている。この理由はわからない。

 

このブログを書いているときにGBが行われていたThera75、Equinox XLというPCBガスケットマウントプレートレスのキーボードが気になっていたので、それを模してプレートがない場合の打鍵音も取得して比較した。1kHz以下に特に違いが見える。これは真鍮製のスイッチプレートが制振しているということだろうか?ただしGとHのスイッチしかつけていないので、平等な比較にはなっていない。また測定したPCBはホットスワップ用のソケットだが、はんだ付けしたら違う結果になるかもしれない。

 

ケースパーツの比較

ケースパーツについても音を比較。こちらの場合は、指でタップして音を鳴らした場合と、DSAキーキャップでたたいて音を鳴らした場合の比較を行った。

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ケースパーツのスペクトルの比較

結論としては、何でたたくかによってスペクトルの形状は大きく異なる。ケースの音を評価するのは困難。DSAキーキャップでたたいた場合の真鍮製ウェイトの有無を比較すると、1kHz前後が低減されている。これは真鍮ウェイトの制振効果によるものなのかもしれない。

 

人為的にスペクトルをいじってみる

Audacityではローパスフィルター機能を使って音を編集することができる。これで高音成分を減衰させた場合にどのような音に聞こえるか、という遊びをしてみた。下図はもともとの打鍵音のスペクトルと、10kHz以上、4kHz以上、2kHz以上を減衰させた場合のもの。

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ローパスフィルターで高周波数成分を除去したときのスペクトル

これらの編集した打鍵音を聞いてみると、音質が良くないながらも以下のことがわかる。

  • 10kHz以上の除去はほとんど変化を感じない。ただしもともとの音源の録音時に使用したマイクの感度が十分でない可能性もある。
  • 4kHz以上を除去すると、カチャカチャとした音が落ち着き、コトコトという音になる
  • 2kHz以上を除去するとかなり静音なキーボードという感じ

スイッチ+キーキャップの音は4-8kHzに分布しているので、これを抑えることが肝要そうである。それが実現できればコトコトした自分好みの打鍵音に近づくだろう。

 

まとめ

打鍵音やっぱりわからん、というのが感想。ただしいくつか収穫はあった。スイッチ+キーキャップが鳴らす4-8kHzの音を減衰できればかなり自分の好みなコトコト打鍵音に近くなる気がする。この周波数帯はフォームによる吸音が効くので、できるだけフォームを厚くする、あるいは遮音性の高いケースで音を反射させて何度もフォームを通させることで実効的なフォーム厚を稼ぐというのが良さそうな気がする。そういう点ではアルミ削り出しガスケットマウントのキーボードはまさにそういう構造になっているといえる。

 

さて、打鍵音を追い求めようとした場合、次のどちらが良いのだろうか?

  • スイッチの底面で鳴る音がキーボード上面から漏れないように、遮音性の高い密度の大きな素材のスイッチプレートを使い、それより下にあるフォームで吸音させる。PCBを使わずにハンドワイヤーにするとよりフォームの厚さを稼げるかもしれない。
  • スイッチはスイッチプレートなしでPCBに固定し、スイッチプレートがない分厚いフォームを使用して吸音させる。

 前者は今回測定した銅プレートガスケットマウントのchex71が近い。後者は現在GB中のThera75がまさにそういうデザインになっていて、youtubeの打鍵音も良さそうに聴こえる。GBどうしよ…

 

静音に興味がある人は

   これでわかる静音化対策 一宮亮一[著] 丸善出版

を読むと面白いかも。