分割型キーボードの自作(3)

今回はケースの設計について。いろいろな寸法の遊びとかがちょうど良かったので自分のメモ代わりに無駄に細かく書いています。

3Dプリントのケースに挑戦

キーボードを自作するたびに、何かしら新しい要素を取り入れたり、やったことのないことに挑戦するのが自分ルールになりつつある。今回は分割というのが自分にとっての新しい試みなのだが、ケースについても何かしら今までやったことないことをやりたいなと考えていた。木をくりぬいたりして木製の立体的なケースが作れたらいいなとぼんやりと思っていたけど、分割だと左右2つのケースがいるのであまりに手間がかかるのはしんどい。そんな中このブログの記事に出会う。

kurihara.hatenadiary.jp

3Dプリンタはとっても魅力的ではあるけれど、積層痕が好きになれなくて選択肢にはならないなとずっと思っていた。ただ、このブログの画像を見ると積層痕は全然見えない。これは光造形だからだろうか?しかもだいぶ安く製作できるみたい。これだったら仕上げに塗装すればいい感じの立体的なケースができるのではないかと考えて、初めて3Dプリントサービスを利用したケース製作にチャレンジしてみることにした。

 

外形

前回の記事の通り、USBコネクタ基板やTRRSコネクタのスペースを確保するためにケース奥側のベゼルを広く取ることにする。いつのもように設計はAutodesk Fusion 360で行う。まずはPCBとキースイッチ描き、それに合わせてざっくりとケース外形を描いてみる。

 

できるだけPCBやキースイッチを見えないようにするのが好みなので、キーキャップ底面の高さがケース上面よりも低くなるようにしたい。これは見た目だけではなく、打鍵音の点でも重要ではないかと思っている。音がケースの中に閉じ込められるからだ(ちゃんと調べたことないけど...)。自分はたいてい背の高いプロファイルのキーキャップを使うので、キースイッチの位置は結構低めにしても問題ないはず。

 

今回は側面から見たときにキースイッチのステムが半分くらいケース上面よりも下に来るようにしてみる。最悪ガスケットのフォームの厚さで調整すれば1,2mm程度は修正できるはず。チルト角度は6度くらいにすることが多いけれど、今回は8度とややキツめにしてみることにした。

ケース外形をざっくりと作る

 

さて、ベゼルが広くてただの角ばった形だと面白味がない。あれこれといじりながら模索した結果、広いベゼルの面を緩やかな曲線にすると柔らかい印象になっていい感じがするという結論に至った。側面のスケッチでスプライン曲線を描いて切り取ると2次元的な曲面を作れる。どのくらいの曲率にするのかは勘だけど、曲面であることがぎりぎりわかるくらいの緩やかさを狙った。

ケース奥側のベゼルを緩やかな曲面にする

手前側のベゼルも奥側と同じように緩やかな曲面にする。はじめは大きなRをつけてまるっとした形状を考えていた(下図)。ただ、どうせ手前にはアームレストを配置することになる。そうすると曲面の半分くらいが隠れてしまう。ケースの前面でケースとアームレストの高さがだいたい合うほうが良いかなと思って手前の面は平面にし、上面は緩やかな曲面にした。

最初に考えていた手前側ベゼルの形状

 

上面を曲面にしてみると、他が平面なのはなんだかしっくりこない。側面と背面もちょいと細工してみることにする。せっかく3Dプリンタでケースをつくるので、統一感はあまり気にせずに板材の加工では作るのが難しいような形状にして遊んでみる。背面はデコボコな形。適当に書いた台形っぽい形を5mm切り取ってへこませる。柔らかい印象にしたいのでフィレットをつける。凹んだところにUSBとTRRSコネクタがだいたい左右対称になるように配置する。

ケース背面の形

 

側面はちょっと違う作り方をしてみる。3度傾けたスケッチ面に楕円を書いてそれを射影して切り取ると下図のような形ができる。ただ、この切り取りは浅すぎてレンダリングで確認するとこの形はぱっとわからない。実際も浅くてほとんどわからなかったのでレンダリングでの凹凸感は結構現実に近いのかもしれない。

ケース側面。傾いたスケッチ面に楕円を書いて切り取るとこんな形が作れる。

 

それにしても立体的なケースのデザインは難しい。曲面があると特に難易度が高い。曲面を上手に使って恰好いいカスタムキーボードとか設計している人の頭の中は一体どうなっているんだろうか?どんなふうに設計しているのか一度お手本を見てみたいものだ。

 

あとは細かい部分。キーキャップの端が来るところのそばまでケース内壁を内側へ伸ばす(下図)。できるだけキーキャップとケースの間の隙間は小さくしたい。1Uのキースイッチのピッチは19.05mmになっているので、キーキャップは19.05x19.05mmの四角に収まるようになっているはず。その四角の辺のところまでケースの端を持ってきてもいいような気がする。一方でガスケットマウントで多少キーボード基板の位置がずれる可能性があるので、余裕を持たせたほうが良い気もする。そんなんを考えながらいつもこの遊びをどれくらいとるか迷ってしまう。

キーキャップの端が来るところに合わせてケースの形を整える

これまで自作してきたキーボードでは0.5mm以上の遊びをとっていた気がする。今回はもう少し攻めて19.05mmの四角から0.2mmのところにケースの端がくることにした。3Dプリントの公差が0.1mm~0.2mm or 0.1%~0.2%となっているので、これ以上は攻めないほうがいいかなと。結果としてちょうどいい寸法だった。

 

コネクタの固定部分

選定したパネルマウントのTRRSコネクタは、取り付け板厚が最大2mmまでとなっている。ケース背面の板厚を2mmにしてコネクタを通す穴を空けておけば取り付けられるのだが、3Dプリントの強度が全然想像できず、あまり薄いとパキッといったりしないだろうかという心配があった。そこでTRRSコネクタを19mmx19mmx1mmのアルミアングル(これは自分で加工する)に取り付け、それをケースに固定することにした。

 

アルミアングルのケースへの固定はM2ネジとナットを使用する。逆さにしたケース内部にアングルをのせる台座を作り、台座の側面に4.2mmx2.0mmの四角い穴をアングルが接する面から2.5mmの位置に空ける。この穴にM2のナットを入れることになる。JLCPCBの3Dプリンタのデザインガイドでφ2mmの穴の深さは2.0-6.0mmにすべしとあるので、これに準じてナットの四角穴の深さは6.0mmとしておく。ねじを通すための穴を底面側、側面から3mmの位置に空ける。

ケース内部を底面から見た図。パネルマウントのTRRSコネクタをアルミアングルに固定し、それをケースに固定する。右は断面図

実際のケースは結構がっちりした印象なので、アルミアングルはなくても強度は問題なさそうな気がする。アルミアングルを使う利点としては組み立てしやすいということ。もしパネルマウントのTRRSコネクタを直接ケースに固定するのであれば、基板とケーブルの接続ははんだづけではなく着脱可能なコネクタにするのが良いだろう。そうしないと組み立てが大変になる。

 

USBのコネクタ基板についても、TRRSコネクタと同様に台座を作って穴を空けておきM2ネジ・ナットで固定することにする。基板固定のためのねじを締めるときに、ケースの底板を受ける部分が邪魔してドライバーが使えなかったりしないかが心配。

USB基板を固定するための台座とねじ穴を空ける

 

キーボード基板の固定方法

キーボード基板はガスケットマウントでケースに固定する。基板のキースイッチ部を四角で囲うように上面・底面両面にポロンシートを貼り付けて、ケースで上下から挟んで抑える。上面からは3Dプリントケースでおさえ、底面側は下図のような支持する部品をケース底板につける。これをアクリルで工作することにした。底面の板を3Dプリントで作るのは強度が心配だったのと、アクリルだったらある程度安くできるかなという考えから。

(左)ケース底面と(右)ガスケット受け部の断面図

底面側からガスケットフォームを受ける左右の三角形の部品は、手前まで伸ばすととても鋭くなる。そんな部品だとパキッと折れる未来しか見えない。三角形のパーツの先端は角を削り、キーボード基板の手前側は3Dプリントケースで上下を咥えるようにする。

 

キーボード基板は手前側を先にケース内に入れてから背面側をケース内に入れていくことになる。Fusionで基板の手前側を軸に基板を回転させて、ケース背面と干渉せずにちゃんと入れられることを確かめておく。

 

ガスケットはポロンシート3mm厚を使用する。上下のガスケット押さえの間隔は6.6mm(右図)、基板の厚さは1.6mmなので上下のフォームは0.5mmずつ潰すという計算になる。あとで気づいたけれど、使用するフォームは粘着シール付きでこれの厚さがそれなりにあるはず(0.5mmとかあるのでは?)。なのでフォーム潰し過ぎかもしれない。

 

アクリル底板は3Dプリントケースの切り取った部分にカポッとハマるようにする。こうすれば側面から見た場合でも底板は見えなくなる。底板は3mm厚のアクリルを用いることにし、その板厚の分だけ3Dプリントケース底面を切り取る。切り取る部分と底板の寸法を一緒にしてしまうと嵌められるけど取れない、ということになりかねないので、前後左右に0.2mmずつ遊びを取っておく。

 

3Dプリントケースに底面のアクリル板を固定するための穴をケースに空ける。固定方法はコネクタと同じ。四隅と前後中央の計6か所に穴を空ける。前後中央はそのためにケース内側に柱を追加する。

ケース底面から見た図。四隅と前後の中央に底板固定用の穴を空ける。

 

ケースの肉抜き

JLCPCBにstepファイルをアップロードすると見積もりが出る。設計している途中に価格が気になって数回アップロードして見積もりをチェックしたが、なんとなくプリントする対象の体積で価格が決まっているのではという仮説がたった(ちゃんと調べたわけではない)。

 

ケースはそれほどコンパクトではないし、左右分の2個つくることになるので、1個当たりの価格はできるだけ抑えたい。そこでケース手前の部分などの肉抜きをして体積を減らす。実際これをやると価格が少し下がる。

 

打鍵音の点では空洞を作らないほうが良いだろうし、空洞が無いほうがケースの剛性が向上していいだろうけど、今回は打鍵音よりもできるだけ安価にすることを重視する。ケース設計が複雑で失敗しそうな気がしていたので…。ただし肉抜きをやり過ぎてあまりに薄くしてしまうと強度や変形が心配なので、コネクタがつく背面を除いて3mmは厚さを取ることにした。断面図は以下のような感じ。

ケース断面図

 

ケースの発注

右側のケースデザインのコピーをもとに左側もデザインする。左右のケース外形を共通にできたので、大きな修正が必要なくて作業がだいぶ楽だった。ケースの設計が終わったらいよいよ発注。

 

JLCPCBのSLAだと3種類の選択肢がある。一番安価なのは9000Rだけど、Heatproofが46度。真夏に直射日光があたった場合の暑さに耐えられるのだろうかという不安からレジンの中でも最もHeatproofの温度が高い(56度)LEDO 6060を選んだ。

 

オーダーするとまずチェックが入る。10分ほどでメールが帰ってきた。早い!複数のパーツがあって問題があるよとの指摘。しかしパーツは1個のつもりなので、あれ?と思ってstepファイルをFusionで開いて確認してみる。チェックのために描いたナットがあったり、一体と思っていたケースが一部だけ別のパーツになっていたのが原因だった。オーダーする前にファイルをちゃんと確認しないといけないですね…。

stepファイルをFusionで開いてみるとボディが複数ある…

 

修正・確認してもう一度オーダー。システムの都合で最初にオーダーしたものはfailedとして、もう一度新しくオーダーする必要があったため。担当者にお礼を添えてメールを返信。40分後くらいにapprovedの連絡を受けた。早っ!!

 

アクリルパーツはいつもお世話になっているはざいやに発注。オーダー発注なのに安いしカットの精度も良いので助かる。ただ部品数が片側4個あるので、もしかしたらガスケット受けの部分だけ3Dプリントで作ったほうが安かったかもしれない(けどこれは未確認)。

 

3Dプリントケースが来た

JLCPCBに発注したケースはApproveされてから28時間後くらいに発送された。すごい早いっ!!!まあ輸送で8日くらいかかったけれど。下図は届いたケースの写真。

(左)ケース底面側。(右)ケース上面は模様が見えて少しデコボコしている。

総評としては結構精度が出ていて変形などはなく良い感じ。面によって表面の粗さが違う。人間の手は感度が高くて小さなデコボコが結構わかるものだが、背面はつるつる。一方で側面や上面はデコボコを感じる。側面はよ~く観察すると斜めの積層痕が見えるがとても細かい。この積層痕は、ケースをデスクの上に置いて部屋の照明でふつうにみるだけなら全然わからない(光を反射する白色だからかもしれない)。

 

上面は少しデコボコしていて少し模様がある。プリント時にサポートがついていたのかな?どうせなら背面よりもこの上面をつるつるの仕上がりにしてくれたほうが良かったのだけれど…。ただしこれも目立たないのでそれほど気にならない。側面の丸く切り取った形状はだいぶ薄っすい感じでうまく光を当てないとわからないくらい。今後このような模様をつけるなら要改善ですね。

(左)ケース側面、(右)底板固定用のねじ・ナット穴の確認

 

一番心配だったのは固定用のねじ・ナット穴など。USB基板のねじ止めの際にケースが邪魔でドライバーが使えないかもしれないという心配があったが、ぎりぎり固定できたのでケースを削らずに済んだ。またナット穴の寸法はきつ過ぎずゆる過ぎずでちょうど良くて完璧。ヨシ!

 

唯一の後悔は梱包に入っていた緩衝材(写真のケースの下の白いやつ)を捨ててしまったこと。これ厚さがあって加工しやすいので今作のキーボードのケースの中に仕込んで空間を埋めるのにちょうど良かったのだけれど…。

 

何箇所か心配なところもありましたが、幸運なことに致命的な設計ミス無く3Dプリントケースが完成しました。それにしても3Dな形状のケースの設計は難しいですね。プラモデルの設計している人とか超人に思えてきました。次回は組み立てについて書こうかなと思っています。

 

この記事は自作分割型キーボードopyc3437で書きました。